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    その4 当日・重篤発作を起こすまで

    • 2019.11.18 Monday
    • 17:27

    JUGEMテーマ:喘息

     

     

    当番病院を2件まわり、家に着いたのが昼前。

    その後眠れず、ヒューヒューも始まり…。

     

    ここからはあっという間です。

     


    ↓「続きを読む」をクリックすると内容が読めます。

     

     

     

    家に着き、食欲は全くありませんでしたが、前日の昼から何も食べていなかったので、ゼリーをひとつ、気合で食べました。

    ビタミン取るためにみかんゼリーでしたが、味、記憶にない…。

     

    発作続きと移動で疲れ果てていたので、吸入が効いているうちに寝ることにしました。

    が、寝れない。

    横になると苦しくて、体を起こしてもウトウトはするものの、眠れない。

    いつもなら、体を起こしていても、背もたれがあれば眠れます。喘息の人あるあるだと思います。座ったまま寝られる。

    なのに全然眠れず、そのうちヒューヒューと音が始まり……またか、と思いました。

     

    吸入を2回もして、なぜこんなに発作が出てるんだろうと考え、昨日から何か発作の要因になることをしてるだろうかと考えました。で、ふと見上げた先に、……ありましたよ原因。

     

    蚊取りノー〇ット。

     

    薬剤を出しているので、喘息の人には禁忌です。

    普通の蚊取り線香が使えないので、母が買ってきたノー〇ット。昨日から付けてるわ! と思って、速攻で電源を切り、部屋の空気を入れ替えるために窓を全開け。

    蚊ではなく私が死ぬところでした。

     

    つまり、両親のタバコの煙と、猫を飼い始めたことで、もともとあった気道の炎症が酷くなり、体調不良で喘息が酷くなったところに蚊取りの薬剤でトドメをさした、ということです。

    踏んだり蹴ったり…。

     

    この少し前に、母と兄は週一回の食糧買い出しに行っていました。

    つまり、家には私と、何もしない父だけです。

    この人、喘息発作を起こしている人のそばでタバコ吸いながら映画見てゲラゲラわらっているような人です。相当ヤバイので、いない人扱いです。家にいる他人と化しています。

     

    そんなわけで、母と兄が帰ってくるのを、吸入器を使いながら待ってました。

     

    しかし、あっという間に吸入器が効かなくなり、ヒューヒューはだんだんゼーピューと変な音に変わり、頭がボーっとし始め…

    危ない兆候ですが、発作の酸欠で頭が回りません。とにかく母が帰ってくるのを待っていました。

     

     

     

     

    やっと帰ってきた母に、また病院連れて行ってもらおうと立ち上がりました。

    そしたら急にトイレに行きたくなり、フラフラしながらトイレへ。

     

    その時、今まで感じたことのない苦しさを感じました。

    目がチカチカして、とたんに、あんなにうるさかったピューピューの音が消え、息ができなくなりました。

    ヒッヒッという感じの呼吸になり、確実に酸素吸えてない、と思いました。

     

    そんな状態で思ったのは、「コレ動けない」でした。

    トイレは何とか行けましたが、病院まで動くのは無理だと思い、救急車を呼ぶように母に頼み、その場にへたりこみました。

    多分、「救急車呼んで」の一言で、残っていた酸素を使い果たしたんだと思います。

     

    救急車要請された母は、なぜか、そのままPCを立ち上げました(何故

    当番病院を検索しようとしたらしいですが、そんなことより救急車呼ぶのが先です。兄も部屋から出てきて、母の指示のもと毛布を用意したり、やっと呼んでくれた救急車の誘導をするため外に出たり。

     

    その間、私は体に力が入らず、母に支えられていました。

    このころはもう、ヒュッという呼吸すらできていません。

    でも、周りの音は良く聞こえていて、何を話しているかも理解していました。呼吸ができないのでとにかく怖かったのを覚えています。

     

    で、兄が「サイレン聞こえてきた」と言ってたのを最後に、私の意識はブラックアウトしました…。

     

    ちなみにブラックアウトした瞬間の記憶はありません。いきなりブツンっと電気が切れた感じです。

     

     

     

     

    後から聞いた話ですが、救急車到着時、私の呼吸は完全に止まっており、意識もありませんでした。

    救急隊員の人がAEDを付けて、心臓が動いているのを確認し、そのまま救急センターのある、近所の総合病院へ。

     

    救急車に同乗したのは兄で、母は保険証や必要なものを持って、車で向かったらしいです。

    救急隊員に「おちついて、ゆっくりついてきてくださいね」と言われたそうです。隊員さんやさしい。

    そんな中で、父だけ映画みて座ってました。何もしやがりませんよ。まぁいつものことですし、何かされる方が邪魔になるので、何もするなって感じですね。

    この父は、結局ずっと家にいました。母と兄が6時過ぎてやっと家に着くまで家で映画見ていたらしいです。最低ですねー。

     

    ところで、私は救急車に同乗したことは何度かあります。3年前に亡くなった叔母も、かかりつけの病院から総合病院へ搬送された祖母も、私が付き添っていました。

    が、自分が乗るとは思いませんでした…しかも覚えてないし。

     

    そして、どうも母は「救急車を呼んだのは自分」だと話していた様子。

    後にICUで、看護師さんに救急車呼んだ時の話をしたんですが、そうだったんだー、とちょっと驚かれました。情報は正確につたえましょう。 母から何を聞いていたのかわかりませんが、かなり細かく問診していたので、ちょいちょい違う事言ってたんだろうな、と思います。

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