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    その21 退院の日

    • 2019.12.05 Thursday
    • 18:00

    JUGEMテーマ:喘息

     

     

    7/19、病棟10日目。

     

    一か月と言われた入院期間を、たった2週間に短縮しての退院です。

    先生も驚くスピード回復でした。

     

    …この後また大変なんだけどもね。

     

     

    ↓「続きを見る」で内容が読めます。

     

     

     

     

    朝、普通にご飯を食べました。

    この日の朝食が、病院食最後です。最後はなにかなーとうきうきしてました。だって病院食うまいんだもーん。

    普通にご飯でしたが、今日は朝からバナナ付き

     

    ちなみに、私の食事には必ず乳製品がありました。

    タンパク質とか、代替栄養の見本のようなメニュー。そして、朝夕にはチーズ、昼にはヨーグルト、という決まりになってるのか、入院中はひたすらチーズ食べてた気がします…。

    そして、病棟で栄養士さんとの面談で、母が暴走してくれたおかげで果物が全滅してました。バナナでさえ、あまり出さないようにって感じで……バナナ色のカリウム点滴入れてたのにですよ…。

     

    なので、朝からバナナ。退院の日の最後のご飯にバナナ。テンションばか上がりでした(笑)

     

    朝ご飯が終わって、相変わらず大量の薬を飲んで…。

    点滴も吸入もないので、11時ごろのお迎えまでに荷物の用意をするべく、冷蔵庫の水を片付けたり色々してました。

    ゴミも捨てなくちゃいけないし、ゴミ袋にしてたポリ袋…は同室のみんなに配りました(笑)

     

     

     

     

    10時になってもお迎えが来る気配なく、LINEしても既読すらつかず。

    11時、と言っていたので、看護師さんも事務手続きやらでちょいちょい来ます。

     

    親がまだ来てなかったので、一人で、退院後の診察の予約の説明をしてもらったり、処方してもらったお薬と、ICUで出されてたお薬を色々もらいました。

     

    順番がひっくり返っちゃったんだけど、と言って渡されたのは、治療計画表、とかいてある書類。

    普通は入院する時に見て、患者と主治医のサインをもらう書類らしいんですが、なにせ私、入院時意識なかったので、退院直前にサインをするという状態に。これには二人で苦笑でした。

    内容、全然知らなかったし、母も何も言ってませんでしたが、病名に「気管支喘息の重篤発作」で、治療の目的のところに「苦痛緩和」って書いてあって、うわぁ、と思ったのは内緒です。

     

    苦痛緩和って……叔母が最期に入院した時の書類でしか見たことないですよ…。

    自分がどんだけヤバかったのか、退院直前で実感しました…('Д')

     

    退院前に先生の最後の回診もあって、色々と言われました。

    発作が起きたらどうするのかとか、お薬ちゃんと使うようにとか、苦しくなったらいつでもいいから病院来るようにとか。

    先生すきすぎる…!

     

    退院なので、ちゃんと先生にもお礼いわないと、と思って、「助けてくれてありがとうございました」しました。

    そしたら先生、笑って「いや、私はだいぶ助かってから入ったので(笑)」だって。

    確かに一番ヤバイ時はICUの先生が助けてくれたんですけど、先生も、喘息きっちり止めてくれたじゃないですかー。

    1年以上毎日起きてた発作が、たった2週間ですっかりおさまったのは、先生のおかげです。だから、先生も助けてくれた先生なのです( ー`дー´)キリッ

     

    色々終わって、荷物もあらかたまとめ終わって、いまだに来ないのでもう先に着替えることにしました。

    間仕切りカーテン閉めて服を出して……と思ったら、まさかの、ブラがない……!!

    服は一そろい持ってきててくれたので、完全に油断してました。パジャマだとブラいらないですからね…。そういえば母はブラをしない人でした……まさか娘の着替えで忘れるとは…。

    慌てて電話して、家にまだいるようだったら持ってきてもらおうと思ったんですが、無情にも「今病院の玄関にいるよ」って…おぉう。

     

    仕方ないので、ノーブラで家に帰りましたよ……( ノД`)シクシク…

     

     

     

     

    着替えて、そういえばトイレ行ってないことを思い出してトイレに向かい、「あ、私服だー!」の声に振り替えると、看護師さんがいました。4人部屋になってから担当だった看護師さん。

    その声で、看護師さんがチラホラと顔を出して「今日退院だもんねー」「私服かわいいー」「よかったねー」と色々言われ、うれしいやら恥ずかしいやら。

     

    看護師さん、病棟に来た時からパジャマだったので、私服姿は本当に初めてみるんだったんですよね。そりゃ集まってもきますわ…。

    病棟に来た時なんて、両腕に点滴入って、酸素あてて、導尿してて、心電図と酸素計ついてて、首にはでっかいバンソーコー貼ってあって、ぶかぶかのパジャマで……そんな人が10日後に私服着て歩いてたんですもんねー…。

     

    救急で切られた服は、家で見せてもらいましたが見事に開きになってました。

    お腹から首元まで一直線、そでも腕から首元にかけて両方、バッチリ切れてました。下着とかも全部。3か所切って、背中から引っこ抜くだけ、って感じなんでしょうね、あれ。救急の手際のよさ凄いわー。

     

    で、着替えが終わってトイレにいって、やっと母と兄が来ましたよ…。

     

     

     

     

    迎えが来たので、看護師さんが再登場です。

     

    入院費用の計算、高額療養費の限度額認定、の保険証がやっと届いて、再計算をしてもらってるということで、請求書が来るのを待つことになりました。

    その間に、ずっとつけてた患者情報の手首のバンドを切ってもらうことに。

    これで、ついにICUから付けていたすべてとお別れです。

     

    もっと嬉しいかと思いましたが、切られる瞬間に感じてたのは、寂しさでした。

    これで入院患者じゃなくなるんだなぁ、って。

    不思議ですね。入院中はブカブカだからって手首から抜いて遊んだりしてたのに(笑)

     

    ちなみに、ICUは「一日ン十万」の世界らしいです…。

    そりゃあ、人工呼吸器つけてモニターだけで3種類くらいあって、管は7本も入ってて、24時間眠らされてて全身管理されてれば、そのくらいかかりますよね…。

    ICU初日に、家族には限度額認定のお話はしてあったみたいです。母は、父方の親戚が臨終の時、ICUに1日ちょっと入ってたので、その辺のことは知ってたみたいですけどね。

     

    ちなみにこの保険証、効力はまる1年あるそうで、現在の診察の時にもこの保険証を使うように言われてます。

    普通の保険証と違ってでっかいので、不便なんですけどね…。

     

    ところで、ICUを出るときに、私先生に「退院するときジャンプ持ってくるね」って言ってたんですよ。

    先生ジャンプ読んでたから( ´艸`)

    しかし、退院した日、金曜日でした……ジャンプ売ってないよ…。

    しかも、母が「まだフラフラして怖いからまっすぐ帰るよ」って聞かなくて、ICUには寄らず、病院内にあるタリーズでホットケーキだけたべて帰ることに。

     

    ……命の恩人なのになぁ…。

     

     

    そんなわけで、入院して12日目。

    1ヶ月、と言われ、ICUに4日いた私の喘息入院は、2週間に縮めて退院となったのでした。

     

     

    次回は、入院中に便利だったものをかこうと思います。

    退院後の生活や、お薬のことなんかもかこうと思いますが、「こんな話も聞きたい」というのがありましたら、是非コメントしてください。匿名OKです(*´▽`*)

    ブログでコメントだすのヤダーってかたは、インスタでも死にかけた話を公開してるので、そちらにこそっとコメントするのでも大丈夫です。

     

    というか、コメントください…!!

     

     

    「喘息で死にかけた話」全21話。

    ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございました。

     

    これからもよろしくお願いします(*'ω'*)

     

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